The Matrix: Revolutions

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たった今、The Matrix: Revolutionsを観てきた。世界中で最も早く観賞した人々のうちの一人だ。ちょっと感激。映画自体は結構面白かった。以下、ネタバレ有り(文字の色を背景色と同一の値で設定してます、ドラッグして反転させて読んでみてください)。

ご存知の通り、この映画は三部作の完結編である。第一作目からCG(と一概に言っていいのかどうか全く知らないが)を用いた迫真的なアクションシーンでなかなかの話題作だったと思う。一作目と違って二作目は歯切れの悪いエンディングだったので、マトリックスファンは本編を首を長くして待っていたことだろう。個人的には、マトリックスファンと言うよりも、昨年E.S.Sのドラマ(英語劇)でマトリックスをやって愛着があったことと最近ちゃんと映画館で映画を見てないなと欲求不満があったことから今日の観賞に至ったわけだ。

ちょうど昨日、予習もかねてThe Matrix: Reloadedを観たのだが、改めてマトリックスという映画の中でしか体験できない面白さがあるなと確認した。まず一つにアクションシーンのかっこよさ。スローになったり360°回ったり、他の映画ではここまでのアクションシーンはない。衣装もどことなく神秘的で抜群のかっこよさだ。

もう一つの魅力にマトリックス独特の世界観がしっかりとある、ということだ。近未来、ほとんどの人間はプラグにつながれ「マトリックス」という仮想世界の中で一度も「目を覚ますことなく」生きている、というのが映画マトリックスの世界だ。救世主なるネオを主人公に、マトリックスを支配するコンピュータと戦っていこうというストーリー。実はこの設定、かなり奥が深い。人間をプログラム上で実装しようというわけだから、人間とは何であるかということが規定されていなくてはならない。「意味とは?」「選択とは?」「目的とは?」人間の本質に迫る問いがところどころに散りばめられている。また、そもそも私達が感覚(sense)している世界はマトリックスかもしれないと言えるわけで、感覚や知覚というものにどこまで真実性があるか疑問を投げかけられる。まぁ、基本的にアクション/SF映画の部類なのか、くどくなく積極的に問うてこない。だが、十分関心が持てる視点だと思う(『マトリックスの哲学』なんて本が哲学関連書の中に置かれてあったりするわけだし。読んでないけど)。また、プログラムの中に色んなプログラムがあるというのも面白い。そうやって役割を分担させているわけだけど、誤作動を起こしたりだとか役割と異なる処理を実行しようとしたりだとか、ある意味遺伝子を見ているような気分になる。あるプログラムはあるプログラムを削除できたり書き換えられたりするわけで、人間の遺伝子の中にある何とかという「人間の死までカウントダウンする遺伝子」を想起させる。

さて、話をRevolutionsに戻すと、マトリックスの世界観が完結的に見れてすっきりしたというのが正直な感想。そんなに感動するという話でもないし、実際ネオが敵を倒してザイオンを守って他の人間たちの目を覚まさせるというエンディングは読めていたんじゃないだろうか。トリニティーは死んじゃいましたが。でも、くどさがないというのは非常によかった。スミスを倒して、ザイオンの人たちが喜びに沸くシーンがあって、オラクル達が朝日を見ているところでスタッフロールが始まった。トリニティーが生きていて最後にごちゃごちゃやられても困るし、人々が目覚めるシーンを入れて変に感動的な終わりにされてもちょっとつまらなくなってたかもしれない。アクションシーンに関しては期待を裏切らない素晴らしさだった。ホント目を奪われてた。でも、あのアクションシーンを見てドラゴンボールを思い浮かべた人もきっと多いはず。実写版ドラゴンボールを先に見てしまった感じ。アメリカ人に「ドラゴンボールってマトリックスのパクリじゃん」なんて、ハリウッド製作の実写版が公開されて思われたら嫌だな。あと、ザイオンが攻められるシーンもスターウォーズとそっくり。もちろん、世界観が全く違うからそれはそれで楽しめたけど、ハリウッド映画は慣れだすとやばいなと思った。それに、同じくザイオンが攻められるシーンでは、敵のマシーン(名前忘れた)の大群が「風の谷のナウシカ」のオーム(王蟲?)の大群とかぶって見えた。偶然かな。とにかく、マトリックスは今までの多くの名作と同様に刺激的な世界を提示してくれた。またDVDが出たら観てみたいな。

最後に余談だが、キアヌリーブスがここに舞台挨拶にきたらめちゃくちゃ感激するだろうなと思った。全世界同時公開の今日、キアヌは「新宿ミラノ座」で上映前に舞台挨拶を行ったらしい。出演者が舞台挨拶をするということ自体はワイドショーなんかでよく取材しているけど、この大スクリーンに映っていた出演者が今目の前に現れたらファンといわずとも大熱狂してしまうだろうなという感覚に襲われた。恐らくこれは、映画を初日に見るなんて「もののけ姫」以来のことだったということと香川ではなく千葉の劇場なので「ひょっとしたらもし」という仮説をより容易に想定できたことによるものだろう。新宿まで電車で50分という距離もそうさせたのかもしれない。初体験の感覚。

さて、今日の後半はこんな感じだった。昼間は何をしていたかと言うと、『気流の鳴る音―交響するコミューン』(真木悠介,ちくま学芸文庫)を読んだ。簡単に言うと、インディアンの生き方を考察して私たちの生き方を見直そうというもの。筆者ならではの深い考察が読めて面白かった。そして何よりインディアンについて詳しく知ることができて感激だった。ついつい近代理性が世界中を支配している気になってしまうが、地球上には様々な民族がそれぞれ暮らしあっているのだなと再認識した。と同時に、その地球で起こっている環境問題というのは一部の国家によって引き起こされているのだという怒りと自分の無力と無知にむなしさを覚えた。本当は自分のものの見方についてもっと色々と反省させられたのだが、うまく表現できない。とりあえず、今日は就寝。Good night.

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