How can I forget!

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飛行機に乗ると、胸の高鳴りが押さえられなかった。11時間以上に及ぶフライト中で色んな思い出がよみがえってきた。あと二十数時間もすればあの場所に帰っているのだ。それがほんの数日間の短い滞在でも、きっと今までの気持ちに決着をつけ、何かを変えてくれると思っていた。

到着は午前9時5分。夜明け前にアメリカ本土に差し掛かると、眼下にきらびやかな光が街のメインストリートに沿って散りまかれている。ここはシアトルだろうか?それならば行ったことがある。なんとアメリカの街は広いのだろう。ウィスコンシン州を半分ほど過ぎると、少しずつ夜が明けてくる。朝日が照らすアメリカの大地は広大で、大きな四角に区切られた農地が延々と並んでいる。顔がにやけてならない。

なつかしのシカゴ。この上ない上機嫌で入国審査官と会話を交わし、Blue Lineの駅まで急ぐ。聞きなれた駅名を通り過ぎ、長距離バスターミナルの近くで下車する。ここから更に3時間50分の旅が待っている。窓際の席を陣取り、どうにか気を紛らわそうと景色を見たり本を読んだりする。しかし、どうしても落ち着かない。何度も何度も時計を見て到着時刻を待ちきれない。

やっとDavenportのバス・ディーポに着いた。Satoshiはまだやってこない。昨年、留学したときは1月に渡米したのでかなりの雪が積もっていた。正直、(大学のある)Clintonのイメージというは寒くて何も無いというものだった。今回ばかりは雪もなく、風は肌寒いものの秋晴れで、私の再訪を歓迎してくれているようだった。

数分たってSatoshiが車で登場。夏に日本で会ったきりだったけど、一人でさっそうと現れた様子にたくましさを覚える。「久しぶり」と声を掛け合い、向こうは長らく話せなかった日本語に懐かしさを覚えているようだ。そして、Clintonまでの1時間の間、大学の連中がどうしただとかという話に私が懐かしさを禁じえなかった。

大学は何も変わっていなかった。かなり緊張してCharles JonsonやChacho、Samoriなどと会う。向こうも何も変わっていない様子で、あの頃と変わらず握手をし、笑みがこぼれる。懐かしい。本当に何も変わっていない。寮に入るときのにおいや昇りなれた階段、食堂で会う人々の顔。また、この場所に戻ってこれてよかった。

また、本当に短い滞在で、まとまって話をすることができずに申し訳なかった。それでも、構内を歩いている私を見かけて、「あれはシゲだと思ったの。でも、シゲがここにいるはずないし。本当に驚いたわ。」と話してくれるCarolinaに精一杯の感謝の気持ちを伝えたかった。

当然のことだが、私がいなくても大学は機能している。彼らは彼らの生活を営んでいる。そのことを感じて初めはショックを受けた。というよりも、そのことを感じに改めてClintonを訪れに行ったのだ。大学ほど新陳代謝の早い組織は少ない。1年に一度は4分の1が入れ替わる。友達が去る代わりに新しい友達ができるという言い方もできるだろう。

しかし、アメリカの大学ほど密度の濃い時間を過ごせる場所は絶対にない。たとえ数ヶ月だけ学んだ私であったも、生涯の思い出を作ることができた。「人生に迷ったら、大学へ戻れ」という言葉がアメリカにはあるそうだ。私は少し人生に迷っていたのかもしれない。帰国以来、アメリカという逃げ道を作ってきたのかもしれない。

今回の滞在で、気持ちが吹っ切れた。友人とはしばらく連絡すら取っておらず気兼ねさを感じていた。しかし、いつでも会えるじゃないかと気が楽になった。そして、次に会うときは学業なり仕事で、もっと違う自分になっていたい。同じ場所に長く留まることはできない。しかし、同じ場所で濃密な時間を過ごした仲間とはいつでも会いたいし、つねに成長した自分を見せられるようになりたい。

Good bye and see you again!

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