師走のあわただしさ

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確か、ちょうど昨日のこのくらいの時間帯に、
青島幸男さんやカンニングの中島さんの訃報をネットでしりました。

中島さんは復帰の話もあったので、突然のニュースはショッキングでした。

相方の竹山のコメントが気になるなぁ、とか
少し他人事としてニュースを見てました。

それが今日、祖母が他界したという一報を受け、
慌てて荷造りをし、飛行機を取り、香川まで帰ってきました。

ちょっと他人事に思っていてバチが当たったのだろうか。

今日あった2つの用事の調整を何とかつけ、
連絡を取らなくてはならない相手に返事をして、
なんとかお通夜には間に合いました。

祖母が他界したこと自体に対しては、なんと言うか、
仕方がないな、分かっていたことではあるなという、
ちょっと冷めた気持ちです。

私が大学へ入ったころから体を壊し、昨年他界した祖父同様、
入退院を繰り返し、老人ホームに入所していました。

大学2年で留学したときも、父から

「おじいちゃんかおばあちゃんがもし死んでも、
 わざわざアメリカから無理して帰ってこんでもええぞ」

と言われたときも、あぁそんなこともありうるな、
仕方がないな、という気持ちでした。

私が大学に入学したころから熱中しだした旅は、
一期一会の出会いの連続です。

その中で、いい人に会い、いい刺激をたくさん受けてきました。

連絡先を交換してたまに会っている人もいれば、
全く何も聞かず、ただの思い出になっている人もいます。

今回の祖母の死というのは、そういった旅先で出会った人の
訃報を突然知らされたようなものに近いという印象です。

ショックと悲しさと、でも連絡も取り合っていなかったし
何をすることもできないという無力感が入り交ざったような気持ち。

地元を離れ、頻繁に会えなくてごめんねという申し訳のなさを、
それは今という自分の道をしっかりと生きているからなんだと
言い訳するのですが、なかなか気持ちの到着地点が見つからない。

一つ言えるのは、「祖母のために」卒研を頑張りたいなという事。

やはり今まで学校に行かせてもらって、アメリカへ行ったときも
お小遣いをくれて、そして今、学部レベルではあるものの、
研究という学問として高級な活動を行うことを、恩返しの気持ち
もこめて携わっていきたいと思う。

いつも何かをするときは、「自分のために」という気持ちで
情報科学を専攻したり、アメリカに留学したり、旅に出たり
してきました。

しかし、今回、このタイミング(卒論の追い込み開始の時期)で
祖母が他界したことの意味を考えて、これまで受けてきた恩を
振り返りながら、教育を受けてきたものとしての集大成を
成し遂げてみたいなという気持ちです。

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