Essayの最近のブログ記事

悩み

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本格的に転職活動を始めて約2カ月になるが、思うような会社から内定が出ない。数社から内定が出るものの、自分が考える方向性と違いがあり、こちらから辞退したりもした。

これらの活動を通して自分なりの反省点も見つかり、このタイミングで心機一転して再度活動に臨んでいきたいと思う。大きな反省点としては2つ。1つ目は、最後の職を辞めた理由をしっかりと把握できておらず、適当な言葉で作り上げ、先方の企業に対して採用したとしてもまた辞めてしまうのではないかと思わせてしまっていたかもしれないということ。2つ目は、これから入社して取り組んでいこうという仕事に対して、十分な熱意を持って応募していたとは言えなかったということだ。

仕事を好きに

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社会人になって2度目の退職をした。1回目と比べての退職に至った理由、2度目の会社生活を通して培った仕事選びに対する考え、そして今後について記してみたいと思う。

好きを仕事に

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今月末で今の会社を退職する。色々と理由は思いつくのだけれど、一言で言うのなら「この仕事をとことん好きになる理由が見つけられなかった」。自分の力不足であり、いったんギブアップ。

激務だったとかそういうことではないが、去年の年末から仕事の負担が増えた。正直、嫌なことも感じつつ、取り組んでいた。そこで、ふと気付く。俺のガソリンはなんだ、と。思い描いたように、情熱を持って仕事に取り組もうとするのだけれど、その理由が見つからなくなってきてしまった。

決断力

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入社して3ヶ月。新人研修の目玉である6週間のプロジェクト演習が終わった。この演習では8人チームのリーダーの役割を担い、仮想のお客様に向けてのシステムの要件定義から外部・内部設計、開発・テストという一連の流れを経験した。このプロジェクトを通して学んだことは山のようにあるが、その中でも特に決断することの重要性を痛いほど感じた。

意志と実行

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1.留学について その3

ここ1年ほど、「実は留学してまして」と人に説明する機会が多かった。就職活動を通して留学体験をアピールポイントにしていたし、研究室や一人旅、内定者懇親会等で初対面の人との自己紹介でよくこの話題を取り上げていた。帰国した当初は、「本当は向こうの大学で卒業までしたかったんだけど、これこれこういう事情で。でも将来的にはこういう事も考えていて...」と聞かれてもいないことまで答えていた。これは、当時はまだ帰国するという決断に納得がいっていなかった部分があったからだ。しかし、最近では単に過去の出来事としてうまく説明できているように思う。

留学について その2

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今回の留学に対して、私は2つの目的を持って渡米してきた。1つは教養サプリメント。2つ目は異文化体験。そして、このSpring Semesterを通して、2つとも十分に満たすことができた。しかし、ここに来て、このままアメリカの教育課程を受けていくか、それとも日本に戻るのか悩んでいる。つまり、理科大を中退してしまうか、復学するかだ。

10月20日に、江戸川沿いを夜中散歩していて子供時代に思いをはせた。今年の1月の成人式の日に、小学校に埋めたタイムカプセルから掘り起こした「12才の○○(自分の名前)から20才の○○へ」という下の手紙を改めて振り返っていた事もあって、色んなことを考えた。時間がなく文章化できなかった事と、ちょっと恥ずかしい内容だったためこのページをずっと更新できなかったが、二ヶ月前に思っていた事を思い出しながらちょっと書いてみようと思う。

スープの中に

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JR東日本でいく 列車の旅 感動募集2003」応募作品(原稿用紙3枚以内)

「お客さん、じゃじゃ麺は初めてですか。」
「え...、あっ、はい。」

うわー、恥ずかしいな。やっぱりおかしかったかな。チータンって何だろう。顔を赤らめながら僕は思った。とりあえずじゃじゃ麺大の注文を取ってもらった。すると奥で麺をゆでているおばあちゃんが、

「お兄さん、中だったらすぐできるけど。」

と大きな声で聞いてきた。また恥をかいたよ。注文を変更してもらい、出てくるのを待った。思わず隣の席を見ると、おばちゃんと目が合い話しかけられた。僕は照れ隠しのためか、ついさっき盛岡駅に着いた事、千葉の大学生で夏休みを利用して旅行に来ている事などをべらべらと喋った。出身は香川でやっぱり讃岐うどんが有名ですかね、と話をしていると僕のじゃじゃ麺が出てきた。丁寧に食べ方を教えてもらい、その通りにした。うん、うまい。しっかりとした麺の太さに味噌がきいていて食べ応えがある。空腹のためガツガツ食べていると、おばちゃんは卵を器に割ってお店の人に差し出した。なんだろうと見ていると、ゆで汁を注いだ器が返ってきた。どうやらこれが「チータン」らしい。チャーシューのようなトッピングだと思っていた僕の顔は再び赤くなる。僕も負けじとチータンを頼んだ。あったかい。そっか、ここは岩手、東北なんだなと改めて実感した。

以前、友達とプレゼントの話になった。私はあまり人にプレゼントをあげたことはないのだが、やっぱりプレゼントするなら喜ばれるものがいいよね、という話をしていた。その友達が言うには、好みは人によってそれぞれだけど、逆にその人が好きなものならどんなささいなものでも喜ばれるよ、とのこと。例えば、彼女はスヌーピーが好きらしいのだが、スヌーピーグッズならクレーンゲームで取ったぬいぐるみでもなんでも嬉しいのだそうだ。なるほど!と思った。私も恥ずかしながらルパン三世が好きなのだが、ルパン三世グッズなら何をもらっても嬉しいだろうなと思った。今まで、プレゼントをもらったりあげたりすることが少なかったので、こういう発想はとても新しいものだった。どちらかと言えば「センスの良いものを」と自分のセンスで選んでいたのだが、こういう風に相手に合わせてプレゼントするとまた違った感覚で喜ばれるのだなと思った。そして、リヴァー・フェニックスとは、私にとってこのように「無条件に好き」と言える俳優なのである。

「自分」について

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私には夢がない。なりたいものもないし、この一つを選んでそれだけに情熱を注ぎ込めるというものもない。専攻についても、ただ適性があるだけだ。情報科学の講義は聞いていて興味は持てるし、レポートもある程度好きでやっている。それだけやってていいよ、と言われたら、自分の好奇心を刺激しながらどんどんやっていけるだろう。しかし、ここで私が考えたい「自分」とは、選択においてどれをやるかという「意志」である。

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