閑話休題

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色々と書きたいことが溜まっている。その一方で今までのテスト勉強などの疲れからか身体がどうしてもだるい。バイトもここんとこ週5で入ってたりときつ過ぎる。(1月からの)留学についても、早め早めに休学やら手続きを進めなくては、と思っている。でも、何もせずに、のーんびり2,3日過ごしたい。その上で、自分の中から書きたい衝動が沸き起こってくるのを待って色々と書きたいな。

普段何気なく起こる興味を取っ掛かりに、文章という手段でその対象について考えみたい。意外と頭の中で考えるだけよりも、色んなことが分かる気がする。ちなみに、今書きたいと思ってることを挙げてみると、とりあえず下の「完璧主義と全否定」の続き。いやね、あの後に「理想主義」について更に書こうとしたのだけれども、どうもまとまらず放置。本当はその後に続いて「恋愛観」などについても考えてみたかったんだけど、さすがに無理ですかね。

あと、ちょうどさっきSma STATION-2をちらっと見て戦争について書きたかったことを思い出した。これについては、6月の第4週の日曜日に日本大学理工E.S.S.主催のDiscussionのテーマが「(イラク)戦争」だって、その時に出た「フセインが話し合いの場にでて生物化学兵器問題等について解決する意志がないのならば、その危険性を考慮して戦争に出るしかない、他にどうしろと?」という意見に対し、「話し合いの場に出てこないだけなら、それは単に首相会談破棄であって、外交が悪いに過ぎない。戦争とは国家対国家。勝手に全国民を巻き込むことは許されない」という考えを持った。まぁ、その場では言わなかったけど。英語で言うのが面倒だったし、時間も差し迫っていたので。戦争から発展して国家論について、また現代の就業観についても考えてみたかった。就業観についてというのは、つまり、中世ならいざ知らず現代においてはサラリーマンも国会議員も職業的な地位としては平等ではないか、という疑問を投げかけてみたかったということです。現代の価値観として。

他には、ちょうど昨日、高野悦子の『二十歳の原点』等三作を読み終えたので、コラムの方にでも書こうと思っている。その前に時間があれば、この「雑記帳」や「コラム」などのコンテンツの構成についても考え直したい。あと、先日書店でNHK人間講座(2003年8月~9月)のテキスト、『若者の心のSOS』(斎藤環)を購入したので、ここで紹介したい。斎藤さんは以前、『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦が『週間少年ジャンプ』の目次コメントで紹介しており、それがきっかけで何冊か著作を読んだ。ちなみに、その時は『若者のすべて―ひきこもり系VSじぶん探し系』(PHPエディターズグループ)が紹介されていた。

とりあえず、こんなとこかなぁ。多分、ここでトピックについて言うだけ言っといて書かないのが多いかも。所詮、自己満の世界。自分が書きたいと思った時に書きます。あっでも戦争については論敵がいないと面白くねーな。ということでこれについては既に書く気なし。あと2週間弱もすれば別かもしんないけど(<終戦記念日)。...と書いていて、人生における何かとの出会い----人との出会いでも、本でもキャッチコピーでも----って不思議だと思った。つまり、現段階として「戦争」に対する関心はそれほどでもない訳だが、終戦記念日が近づくにつれてメディアの盛り上がりによる「戦争」との「出会い」があるということが予想されるわけで、そうなると「戦争」に対する興味は湧いてくるかもしれない。こういう風に「出会い」を抽象的に捉えだすと面白いですね。なんてあなたが思っているとして、その考えはこの私が書いた文章との「出会い」によって引き起こされちゃったんですね。言い出したらきりがないけど、こういった出会いの連続が人生そのものなのかもしれませんね。まぁこの命題を仮定して、運命論を取るか否かという先の話もあるんですが、そろそろ眠いので寝ます。現在8月3日AM2:30。

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